人気ブログランキング | 話題のタグを見る

台湾史は世界史である————諸帝国の周縁

“fragment of/f empires”(Wu, Rwei-Ren[呉叡人]) 

  「台湾という来歴」が「諸帝国の周縁」という「地」の上に文脈付けられることは、ブログ2「時は流れない、それは積み重なる」に引いた周婉窈の概念図からも導かれることであった。周図の台湾歴史の時空(四角形PQ Q’P’)内の国家1から5が、それぞれに世界史的性格が異なる帝国(実体としての、またイデオロギー上の)の一部分、それぞれのいわば「在台国家(統治機構)」であったことを想起すれば足りる。 ただ、私自身が周図をこのように読み解くようになったのは、ごく最近のことに属する。「諸帝国の周縁」という命題を私の脳裏に「打ち込んだ」のは、呉叡人の“fragment of/f empires”という把握であった。東アジアの地政学的変動によって引き起こされる戦争の結果、勝利した帝国が台湾をその強大な地理的身体(geobody)に加える(fragment of empire)、同時に敗北した方からは離れる(fragment off)。このことが繰り返される、というわけである(*)。
台湾史は世界史である————諸帝国の周縁_b0397087_11341524.jpg
 
 
  台湾をfragmentと言いなす呉叡人の用語法には、台湾とはこうした存在なのだ、そこから出発するのだ、という彼自身の一つの思想的な思い切りが示されている。私はこの思い切りを共有する立場にはない。思想的緊張感のある呉の表現に比すれば気の抜けたサイダーのような「諸帝国の周縁」の表現を良しとしたい。

連続し折り重なる「諸帝国」

  考えてみると、この「諸帝国」の「諸」には二重の意義がある。
  第一に連続である。これは既に述べた。台湾は異なる「帝国」の支配の下に次々と置かれてきた。そして、これらの帝国はそれぞれに世界史的性格が異なる。たとえば、清帝国は典型的な前近代世界帝国であるし、日本植民地帝国は、山室信一のいう「国民帝国」(**)である。傾いてはいるものの今も台湾を強い影響下に置いているアメリカは戦後世界に満を持して登場した本格的な「非公式帝国」(***)であるし、これに挑戦している中華人民共和国は、ロシアとともに、21世紀にも生き残る巨大国民帝国であろう。
  第二は重なりである。これは近代に関しては駒込武(****)が指摘し、現代については呉叡人が示唆しているように、日本植民地帝国(日本国民帝国)は、覇権的帝国イギリスのジュニアパートナーとして日清、日露戦争を戦い、植民地帝国となりあがっていったのであった。また現代についていえば、1950年代から70年代までは、挫折して台湾に逃げこんだ中華国民帝国(中華民国)をアメリカ帝国が直接に支えており、1980年代以降は成功した中華国民帝国(中華人民共和国)とアメリカ帝国との奇妙な妥協と牽制の体制(若林の言う「七二年体制」)(*****)が台湾の国際的存在空間を形作っている。

台湾史は世界史である————諸帝国の周縁_b0397087_11341908.jpg
  このようにしてみると、「台湾という来歴」にとっての「諸帝国」とは、単にそれぞれの帝国の世界史的性格を見ればよいというだけではなく、それらの帝国を帝国たらしめている世界システムとの関係においても見なければいけないと言うことになる。近代以降についていえば、末期清朝と日本、そして中華民国を巻き込んだ「競存体制」(複数の植民地帝国が共存しつつ競合しあう。山室信一)、東西冷戦体制とともに発展しついにはこれを食い破ったアメリカ帝国主導のグローバル資本主義体制(***)などである。 「○△史は世界史である」といった言い方あるいはこれに類する言い方は、おそらくはもう手垢の付いた言い方なのかもしれない。ただ、「台湾という来歴」にとっての「諸帝国」の連続と重なりをこのようにみるとすれば、やはり「台湾史は世界史である」と言ってもよいのではなかろうか。 
 
 そして、これが「台湾という来歴」把握のための“方法的「帝国」主義”の第一の側面である。

* Wu, Rwei-Ren[呉叡人], 2004, “Fragment of/f Empires: The Peripheral Formation of Taiwanese Nationalism,” Social Science Japan, No.30, pp. 16-18
**山室信一2003「『国民帝国』論の射程」、山本有造編『帝国の研究――原理・類型・関係――』名古屋大学出版会、87-128頁
***パニッチ、レオ&ギンディン、サム(芳賀健一・沖公祐譯)2018『グローバル資本主義の形成と現在』作品社
****駒込武2015『世界史のなかの台湾植民地支配 台南長老教中学校からの視座』岩波書店
*****若林正丈2008『台湾の政治 中華民国台湾化の戦後史』東京大学出版会

by rlzz | 2018-09-16 11:36

台湾研究者若林正丈のブログです。台湾研究についてのアイデアや思いつきを、あのなつかしい「自由帳」の雰囲気を励みにして綴っていきたいと思います。


by rlzz