今もう一度「民主進歩党」を考える

 「台湾という来歴」への視角をあれこれ考えてみるという趣旨ではじめた「台湾研究自由帳」ではあるが、ここへきてその方法的「帝国」主義の議論もやや行き詰まり気味である。さらなるもう一段の「仕込み」が必要なようだ。この系列の話題はしばらくお休みにして、今回は、今日的話題を考えてみよう。

 台湾に関する今日的話題と言えば、去る1124日に投票が行われた統一地方選挙で与党民進党が大敗を喫したことであろう。2年半ほど前に、総統選挙にも立法院選挙にも圧勝し「完全執政」の実現を言祝いだのが信じられないほどのスイングであった。

 正直に白状するが、このような民意のスイング、執政党の急速度の凋落は、私のような「旧派」の台湾政治観察・研究者には、理解不能のような気がするのである。「旧派」とは、1980年代から90年代の民主化期の台湾政治理解に注力してきた経験を持つ研究者である。そうすると「新派」とは、民主体制成立後、また中台関係が深度を増すようになってから台湾政治観察に注力するようになった世代の研究者を指す。もちろん「旧派」が「新派」と同じ時期をカバーしてもかまわないのだが、私個人はそれを十全に行うことはできなかった。

 さはさりながら、今回の衝撃的結果が気にならないわけではないのである。そこでここは「新派」の研究者に長電話して教えを請うことにした(もちろん、以下の会話は言葉としては架空のもので、若林が構成したものです)。

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 旧派:今回の選挙の結果は、戒厳令体制と強力で極めてリッチな国民党一党支配に立ち向かった民主化の経緯などを思い起こすと、台湾の有権者はあまりに歴史を知らないというか、民進党に対して不人情に思えますね。

 新派:いや、歴史を知らないというのは必ずしも当たらないと思います。私が現地の観察で感じたことですが、今回民進党を支持しなかった人たちの中、特に本省人の中には、民主化のプロセスでの「党外」—民進党の払ってきた犠牲に対しては、何かしら「借りがある」といった感覚を持っていて、そのリベラルな価値観などはそれほど評価していなくても民進党に投票してきた人も少なくない。しかし、そういう人たちは、2016年選挙で「完全執政」を実現したので、もう「借りは返した」と思っている可能性がある。だから、「完全執政」が「完全失政」であれば、もう「遠慮はいらない」と思うのではないでしょうかね。

 旧派:それにしても、2年半前には、蔡英文を高得票率で当選させて中国との接近を図った馬英九政権を見放した人の多くが、結果的に中国が泣いて喜ぶような結果となるような投票行動をとったことになりますね。ある新聞のコメントによれば、台湾の有権者は台湾の自立と繁栄の双方を求めて、それが果たせない蔡英文・民進党政権にノーを突きつけたのだ、と書いています。しかし、台湾の置かれた位置からして、「自立」と「繁栄」とは、ある程度までは、あちらを立てればこちらが立たずの相反する関係にあることは明白ですから、馬英九政権にノーを突きつけたら、「繁栄」に一定の打撃が来ることは当然で、そのことに関して早急に責任を取らせるべしというのはあまりに短兵急だと思いますが、そういう人たちはどういう考え方なのでしょうかね。

 新派:外部の人にはなかなかわかりにくいかも知れませんが、こうした人は、反民進党の投票をしたところで、自分の「台湾意識」は変わったという自覚は無いのだと思いますよ。わたしの実感では、こういう人たちは、自分たちがどう投票するにせよ、台湾は大丈夫だという奇妙な安心感、あるいは自分の投票行動とその結果の対外的意義についての不感症というか、そういうものがあると思いますね。有権者とは主権者なのであって、今や自分の「感覚に従って」投票して何が悪い、「自立も繁栄も」でなければ、政府はすぐ取り替えてもいい、それこそが民主主義だと思っているのではないでしょうか。

 旧派:わたしのような、どうしてもその昔の民主化期のことが何につけ思い起こされるような者からみると、あなたの言うような有権者も、民進党そのものと同時に形成されてきたものと想定せざるを得ないことが気になりますね。民進党、つまり「民主進歩党」の理念的構成要素は、その名の通り、民主と進歩、そして台湾ナショナリズムですね。その一方で、民進党が地方政府首長に当選者を増やし始め、2000年には、総統選得票率でも立法院議席数でも少数政権の「不完全執政」ではありますが、一応政権を担い始めました。その頃、わたしは、「台湾独立」を綱領に入れながらも、「中華民国」公職選挙に適応しつつ成長してきた民進党には、日本の自民党に似た台湾土着の保守政党になっていく、という展望も有り得るのだと思ったのです。今回の民進党の敗因の一つである公民投票では、現政権が支持した進歩的価値(同性婚の容認、原発の廃止など)についてこれらを否認する結果が出ました。これを見ると、社会の価値観は、同党が「土着の保守政党」であれば、多少の失政はあっても、支持はそれほどには揺らがないような性質のものだったのではと思わせます。

 新派:今回の選挙で「進歩」は民進党の重荷、という側面がわりとはっきりでたと言えるでしょうね。蔡英文が生真面目に第一期目から始めてしまった諸改革ですが、各種世論調査を見ると、それぞれ支持率が異なっています。時間をかけて世論を説得してから穏健な改革として、適切な時差を設けて実施すれば、今回のような結果にはならなかったのではないでしょうか。そうしたほうが、改革者としての歴史的評価を得やすかったと思います。なまじ「完全執政」となってしまったので、時差を設けるという智恵が働かなくなり、またそれぞれの価値の100%の実現を求める、妥協を知らない諸社会運動の圧力に弱くなったのではないでしょうか。公民投票の結果、社会的価値では保守である「緑」の有権者からは嫌われ、一方ますます社会運動からの要求からは遠ざからざるを得ない状況に追い込まれています。民進党にとって「進歩」が重荷であり、政治的ディレンマの所在であることははっきりしましたが、しかし、今から言説同盟を組み直すのは容易ではないでしょう。次の総統選挙までの時間はあまりにも短いです。

 旧派:数年前、台北である民進党の政治家に会ったとき、同党の基層の幹部や熱心な支持者には、急進的な「台湾独立」を主張するいわゆる「基本教義派」バリの言動をする人がいることを指摘した同席者の発言に対して、その政治家が「われわれがかれらを育ててしまったのかもしれない」と述懐をしていたことを思い出します。想定した以上に率直な述懐でしたが、こうした支持者たちも、蔡英文政権の「現状維持」には不満でしょう。今回、蔡英文の足を引っ張った格好の「独派」の支持者にもこうした人がいたのではないでしょうか。そうだとすると、民進党的言説のもう一つの重要元素である台湾ナショナリズムにも、ディレンマが潜んでいたことになります。私がかつて思いついた台湾社会に根を張る「土着保守政党」というのが、国民党に代わるべき民進党のニッチの一つのあり方だと仮定すると、民進党をそのような方向に持って行かせまいとする様々なベクトルが働いていたのですね。もちろん、台湾内部からも外部からも、民進党自身の中でも外でも。



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by rlzz | 2018-12-02 17:24 | Comments(0)

台湾研究者若林正丈のブログです。台湾研究についてのアイデアや思いつきを、あのなつかしい「自由帳」の雰囲気を励みにして綴っていきたいと思います。


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